あやまちと寝違えは早めに対策を
 


     




 *展開上微妙なBL描写があります。
  苦手な方は次の章までお待ちください。


確かに、意識が朦朧としていた中也だったと思う。
社外の人間ながら、懐いてくれるのが何とも嬉しい、
可愛らしい愛し子と共に鎌倉まで足を延ばし、
坂が多くて車では回れぬ街並みをあちこち歩いて巡って。
後半は何故だかバッティングセンターなるところへも立ち寄って、
初体験だという敦が憧れにワクワクと双眸を輝かせるのへ乗せられるまま、
ジャケット姿に革靴だったというに、
帽子も落とさぬ美しいフォームでホームランの量産をし。(微笑)
それらプラス 車でのやや遠出な外出という心地のいい疲れと、
ハムや蒲鉾といった美味馳走が
掘り出し物だというワインと絶妙に噛み合った末のこととして、
日頃 頼もしいまでの姿勢を保つ肢体も態度も
ヨコハマの夜が深まるにつれ ふにゃふにゃと甘く蕩け始めており。
だが、敦にすれば既に何度も目にしている酔態で、
さほど絡まれたこともなければ、怒られたり暴れられたりしたこともなかったので、
ありゃまあという苦笑は浮かんでも、頃合いを見て寝室へ運ばなきゃねと思っただけ。
立原や梶井といった仲間内の顔ぶれと共に外飲みするときは、
実はもっと騒がしくはた迷惑な酔態を見せるらしいというのは、
全くの全然知らなかった敦にすれば、
面倒だなとも思わずの、せいぜい恐るるに足らぬと構えていただけで。

 「そろそろ寝ましょうか、中也さん。」
 「お? もうそんな時間か?」

呂律が怪しいということはなかったが、
立膝した膝がしらに乗っかるほど首が項垂れかけていたし、
いつもは頼もしいまでに伸びている背条も丸くなりかけていて。
これは寝落ち寸前、カウントダウンですよというサインだと把握しており。
唯一、自分が中也を甘やかすことが出来る瞬間なので、
自然とお顔もついついほころぶというもの。
とはいえ、あまりに露骨だと怪しまれるため、何とかさりげなさを装って。
つまみには手をつけなくなり、その代わりみたいに手放さなくなってたワイングラス、
とんとテーブルへ置いたタイミングを見逃さず、

 「明日はお仕事でしょう? もう寝ちゃいましょう、ね?」

休日の外出でも結構かっちり着込むところから着替えたラフな部屋着、
ジャージの上下といった極端なそれへまではいかないけれど、
木綿のパンツにロングTシャツと大きめのデザインシャツを羽織った
随分とざっかけない恰好の兄人を、
穏やかな物言いで宥めつつ、ひょいと肩を貸して立ち上がらせて。
シャツ越しにくっついた温みに頬が緩むの何とか我慢し、
リビングのすぐ向かい、廊下を挟んだ位置にあるドアを開け、
そちらはしんと静謐な空気の満ちた、整然と片付いたままの寝室へ運び入れる。
街なかという立地のせいか、
窓の外からは様々な明かりで織られた都会ならではの仄明るい夜気が感じられ。
目の前で手をかざされても判らぬほどなぞという
漆黒の空間なんかじゃあなかったけれど。
それでもフットライトを灯してベッドまでを進んで、
きちんと整えられてあったカバー、掴んだそのままの一閃で要領よく剥ぎ、
そこへ とさんと酔っ払いさんを座らせる。
少しずつ睡魔に捕まりかかっているものか、
反応が随分と甘いそれとなっていて、
声も掛けぬまま そろりと横にしても逆らう気配はなかったので、

 “このまま寝ちゃうかな?”

今は総身が火照っていても寝ているうちに冷えるかもしれぬから、
肌掛けを胸元まで引っ張り上げてふんわりと掛けてやり。
横を向いた格好で横たわる彼の、そのお顔をついつい覗き込む。
フットライトだけの室内は、真の闇じゃあないがそれでも暗いには違いないので。
立っている位置からでは微妙に陰ってよく見えず、
ベッドの端の空いたところへ腰かけてみたが、
それでも髪が頬に掛かって仄かに影を落とすせいか、
隈なくとまでは覗けない。
いつもいつも甘やかされてて、必ずこっちを向いててくれる中也なのは嬉しいが、
そうなると無心な横顔なんてお顔は敦にしてみれば相当に希少。
なので、ちょっぴり欲も出てか、
そおっとと注意をしながらも、シーツに手をつき身をかがめ、
なめらかな線で縁どられたお顔を覗き込めば、

 “…わ。///////”

もう転寝状態なのか、睫毛はほぼ降りていて、
頬骨も立たないすべらかな頬の縁に静かに伏せられての麗しく。
女性と見まがうようなというと失礼かもしれないが、
目鼻立ちの繊細さがそれは精緻なバランスを取る整いようはやはり
男性としての精悍な二枚目というより、華やかで瀟洒な、花のようなと評すべき美貌であり。

 “なのに、笑うとそれは頼もしいんだものなぁ。”

楽しい悪巧みがあるんだが、手前も乗っからねぇかと誘うよな、
ざっかけなくも磊落な心根を隠しもしない、それは豪気な笑い方が自然と彼に人を集め、
そういうのって自分のことみたいに嬉しいんだけれど、敦にはこの頃 時々不満。

 “もっと一緒にいたいのになぁ…。”

人望があるが故、何かと忙しい人。
お預けがあるから数日ぶりに逢うのがたまらなく嬉しいのか。
いやいやそんなことないもの、会うたびに嬉しいの濃さはどんどん増している。
頭をポンポンとされるだけじゃあ収まらず、
肩口におでこを乗っけて“何かもっと”とおねだりしちゃうほど 別れ際は何とも切ないし、
そうやって“もっともっと”なんて欲をかくと、そのうち鬱陶しいと煙たがられるに違いなく。

「…。」

眠っているのをいいことに、そおっと手を伸ばして指先で頬へ触れ、
ほのかな熱を薄い肌の下に感じつつ、さらりと柔らかな感触にうっとりし、
そのまま形のいい口許へと近づいた指は、だが、さすがに躊躇して浮きかかる。
こんな盗み食いはずるいよねと
惜しかったけれど引っ込めかければ、

 「え?」

その手があっさりと捕まっており、

「何だよ、もうお終いか?」
「わ。」

そんな声が立ったのと同時、
敦の視野がグルンと反転して、その身も引っ繰り返された見事さよ。

「じゃあ今度は俺の番な。」
「え?え?え?」

今度ってなに? 俺の番ってなに?
え? もしかしてボクが中也さんに悪戯してたってことになってるの?

 「〜〜〜〜〜〜〜。/////////////」

うわぁ、それってなになにっと、勢いよく真っ赤になったこっちの気も知らず、

 「敦は欲がないよなぁ。いっくらでも触ってよかったのにぃ♪」
 「…っ。//////////」

そんなつもりじゃなかったと反駁したかったけれど、
中也の長めの髪が頬に触れるほど近づいて来て、
ご機嫌そうにほころぶ顔に見下ろされると

「あぅう…。////////」

何とでも言ってくださいと心から絆されてしまう。
可愛い可愛いを連呼して、
髪や頬をいとおしむように何度も撫でてくれて。
そのうち身を浮かせるとこちらの胸元の上へ身を乗り出し、
顔の両脇に手を突くようにしてこちらを覗き込んで来て、

 「…なあ。」

ちょっぴり掠れた声に、
あ…と思わずの声がこぼれそうになったほど
胸の奥で何かが撥ねた。
軟骨みたいな何かが つくりとよじれ、
それがじわりとした甘い疼きを喉奥近くまでせり上げて来る。
何をねだられているのか、いつもの体ならキスだろうと判る。
敦がまだまだ子供だとみてだろう、決して強引に突然にはしないことを守ってくれており、
なので、ドキドキしつつではあるが、

 「…はい。/////////」

いいですよという意味合い、顎を引いて頷けば。
ほろ酔いでいるにしてはそこも律儀に、
目許を細めて嬉しいなぁという顔になり、
まずはということか、横になってて前髪がはらりと散ったことであらわになっていた額へ
ちょんと唇を当ててくる。
そうまで顔が接するのだから、当然胸元や二の腕なぞもこちらの胸元へと重なり、
多少は加減をしてくれていたって隙間はなくなってのふわりと触れるのがくすぐったくて。

 “あ…。”

シャツ越しの温度は相手の肌の熱。
生々しい身じろぎも伝わり、
いつもの香りが少し濃くなって届いて、
何だか何でだか、常以上にドキドキとする。
胸が苦しい、息が辛い。頬がいつの間にか かっかと熱い。

「どした?」
「や…耳は、やぁ…。////////」

不意打ちで耳元近くで囁かれ、ぞくりとする何かが背条を這った気がした。
聞こえがよくなったというより、吐息の熱と声音の響きへ反応してのこと、
虎の異能のせいじゃあない。
首をすくめて“やだ”と甘ったるい声でつい抗えば、

「可愛いな、その声。」

ヤダというに、同じ響きをまとわせた声で機嫌よく囁く彼であり。
ピリピリという細かい刺激は肌の浅い深みを走って手足の隅々までその感覚を運ぶ。
それがそのまま総身をくるむ淡い熱となり、

  ああどうしよう、なんか変だ、ボク。

お腹の下がちょっぴり熱い。
じんとする熱が少しずつ集まっていて、指先や爪先までの刺激が走るたび、
その熱がチリチリと何か言いたげに暴れようとする。
これって何だろ、訊いたら中也さん、教えてくれるのかな。
そう思って視線を上げれば、
やんわりと目許を細めた綺麗なお顔がすぐ前にあって。
長い睫毛に縁どられた双眸がゆっくりと細められるところ。
ああ綺麗だなぁと視線を合わせれば、
瞼が下がってゆくのが甘く誘うようで。
気がつけば体の下へ差し込まれていた腕の中、
くるりと抱きしめられていたのが頼もしく。
重なった柔らかな唇の微熱は
どこまでが自分でどこからが中也さんのそれかも判らないくらいにうっとりと同じ。
でもそれじゃあいけないものか、
上唇に濡れた感触が触れて、え?と薄眼を開ければ
同じようにうっすらと開いたそれ、睫毛越しにこちらを見やる青い目とぶつかる。
小さな瞬きに見惚れ、緩く剥がれた唇の隙間へ、
ちろりと悪戯な舌の先がすべり込んで来て。
時々されてる小さな悪戯。それが何だか…何だか怖い。
舌が入り込んだ分、唇を強く食まれて蹂躙されて。
やわらかいのに強引でもある感触に、目が回りそうになる。

 「…ふぁ、んぅ。////////」

口許の合わさりがおかしいからか、変な声が出て恥ずかしい。
それを息苦しいととったのか、
ぎゅむとくっついていた唇が遠のき。
え?と意外そうな声とともに、頭ごと起こして後追いしかければ、

 「好きだぜ、敦。」

あやすような囁きをくれて、おでことおでこをぐりぐりとくっつけた中也であり。
これって意地悪されてるのかな、
もっとと言って良いんだよっていつも言うのに
後追いしたらばするりと離れるなんてそんなのずるい。
そんな気持ちがついつい顔にも現れたものか、おやと目を見張った中也がパチパチ瞬きをし、
それからお顔をついと寄せてくると、今度はちょんと軽いキス。
それでも右に左にと合わせようを変えつつ何度も繰り返してくれて。
途中からくすぐったくて敦が微笑い出したほどの軽やかな口づけは、
そのままおとがいへと逸れると首元の柔らかい肌へとすべり込む。
あまり陽にさらされない個所ではあるが、
急所なせいか ちょっと前までは誰かさんの異能の黒獣によく狙われてもいた場所で。

 「あ…。」

チュッというリップ音がして、くすぐったい感触もしたので、
ありゃ、そんなところまでキスするの?と、
顎先に覗く赤い髪を目線だけ向けて見やる。
ぎゅっと抱きしめるとかいう、抵抗できないような拘束はされてないけれど、
気がつくと片手だけつないでいたのが何だか嬉しくて。
女の人が相手なら胸とか触るところだけれど、ボクだとそういうのないしな。
やわらかいとこ捜しているのかななんて、微妙なことを思って大人しくしておれば、

 「    ……っ、いたっ。」

不意打ちだったせいもある。
ちりりと刺すような、細い細い鳥のくちばしで抓り上げられたような、
そんな“痛い”がいきなり降ったものだから。
唐突さもあってのこと、静かな夜陰の中にひゃっと高い声を出してしまった敦であり。
薄く上体が浮きもしたからか、その途端に、

 「あ……悪りぃ。」

喉へ食らいついてた吸血鬼もどきさんが、がばっと顔を上げてくる。

 「痛いのはヤだよな、悪い悪い。」

ちょっぴり夢心地のほろ酔い顔だったのが、
今まで演技してましたかと訊きたくなるほど 打って変わった冴えた顔になっていて。
先程より柔らかな手つきでおでこがあらわになるよに髪を梳き、
よしよしと宥めるよに敦の痩躯を懐ろへと掻い込んでの抱きしめて。
そのままそれは敦がうとうとと眠くなっても続いて、
それからあとは…おぼろに霞んでしまって記憶にない。




 to be continued. (17.06.29.〜)





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 *ウチの中敦もこれで ちょっとだけ、
  気持ちちょっとだけ、進んだかな?という感じですかね。
  ほにゃら条例を意識していたマフィアの幹部様ですんで、
  こっから先も恐らく長いぞ〜〜。(笑)